昭和のアイドルブームの中で最も熱狂的だったのがGS(グループ・サウンズ)ブームだった。そのブームを支えた作曲家・プロデューサーが、加瀬邦彦氏、鈴木邦彦氏、村井邦彦氏の3人の〝邦彦〟だった。3氏とも慶應大学出身だったので、当時中学生だった僕は慶應大学に憧れを抱くようになった。後にピーが慶應に入るので、益々慶應に対する憧憬が深くなったが、学力はさておき、我家の経済状況に加えて身体があまり丈夫でなかった当時の僕には受験すら不可能だった。長女が高2の時、突然慶應に行きたいと言い出したので、全力で応援してやろうと家族全員で大学見学に出かけたり、相応しい下宿先の見分に歩いたりしたのだが、その後に行われたオープンキャンパスで希望する学部の動物実験にショックを受けた彼女は、あっさりと受験を断念してしまったのだった。
↓広島弁でいうと…
昭和のアイドルブームの中で最も熱狂的じゃったのがGS(グループ・サウンズ)ブームじゃったんじゃ。そのブームを支えた作曲家・プロデューサーが、加瀬邦彦氏、鈴木邦彦氏、村井邦彦氏の3人の〝邦彦〟じゃったんじゃ。3氏とも慶應大学出身じゃったけぇ、当時中学生じゃったわしゃぁ慶應大学に憧れを抱くようになったんじゃ。後にピーが慶應に入るけぇ、益々慶應に対する憧憬が深くなったが、学力はさとき、我家の経済状況に加えて身体があまり丈夫でなかった当時のわしにゃぁ受験すら不可能じゃったんじゃ。長女が高2の時、突然慶應に行きたいとゆい出したけぇ、全力で応援しちゃろうと家族全員で大学見学に出かけたり、相応しい下宿先の見分に歩いたりしたんじゃが、その後に行われたオープンキャンパスで希望する学部の動物実験にショックを受けたカノジョは、あっさりと受験を断念してしもぉたのじゃったんじゃ。