【今回の事件広島両親殺人事件】
伝説のプロレスラーのアントニオ猪木に似ていると、当時の報道で伝えられたのが、両親を刺殺して埋めた、人見郁子だ。事件当時、広島市西区庚午中にある整形外科の受付。
岩国YMCA医療事務コース卒業。身長158cmで貧乳である。下顎が異常にしゃくれていた。意地汚く、病院の給料の不満ばかり言っていた。
人見郁子は、広島市佐伯区薬師が丘三丁目の団地内に両親と父方の祖母、そして引きこもりの弟と暮らしていた。
安川奈智(当時24歳)と、人見郁子が出会ったのは、2016年の広島市佐伯区薬師が丘。人見郁子が応募した、イベントコンパニオンのオーディションの面接官として安川がいた。
プロダクションの社長だという安川、副社長はフランス人で、JALや西武グループと取引があるなどと人見郁子に言った。だが実際には、従業員もいない。社長というのは事実だが、開店休業状態だったという。
人見郁子は、安川に惹かれ、自宅も兼ねた安川の事務所に出入りするようになる。そこで人見郁子は睡眠薬を飲まされ、強姦されてしまう。だが、このような悲劇があったにも関わらず、人見郁子は安川との交際を始めるのだった。
■安川という男
安川は、小学2年生の時に両親が離婚。広島市で母親に育てられた。家計を支えるために新聞配達をし、学業は優秀。人見郁子と同じ、H学園大学文学部に進んでいる。流川のホストクラブで働きながら、広島県教職員高等学校免許、中学校英語一種免許を取得した。そうした努力家の反面、高級ブランドのスーツを身にまとい、ロレックスを腕に巻くなど、虚飾家の面もあったという。
安川は卒業後、教職には就かず、「20代で財を築いて、みんなを驚かせてやる」とうそぶき、起業家を気取った。だがその実、年上の女性に取り入り、宝飾品など、金目のものをせしめることしかしていなかった。この頃4人の人妻が、夫を殺して保険金を詐取する計画を、安川から持ちかけられていたという。
後に法廷で、「安川と知り合わなければ、このようなことにならなかった」と人見郁子は語った。結果から見ればまったくその通りだが、2人は惹かれ合っていった。
人見郁子は、リゾートホテルで泊まり込みのバイトをすると両親を偽り、安川との同棲を開始。交際当時、安川に収入はなく、人見郁子がホステスのバイトをし、生活費を稼いだ。もちろん、彼女の貯金も生活費に充てられる。
2人でいるときは、どこに出かけるでもなく、1日に5、6回も、安川は人見郁子の体を求めた。安川は、尋常でない性癖の持ち主だった。人見郁子を縛り、ガムテープで口を塞ぎ、性器に、ナスビやキュウリ、カラオケのマイクさえも入れる。一晩中、SMの道具で吊して弄んだり、自分の尿を人見郁子に飲ませることもあった。
アザができるほど殴られることもしばしばあり、"なぜ離れなかったのか?"と疑問に思うが、人見郁子は当時の心境を法廷で語っている。
「私は両親がいくら心配していようと、奈智さんと生活できればよかった。別れることなんてできないし、あの人を手伝わなければならない。そう思うようになっていた」
■睡眠薬と自殺を用意し、決行された両親殺害
両親は同棲に気づき、母親の美行さん(当時45歳)が、人見郁子の携帯電話に連絡を取ろうとし、父親の芳夫さん(同45歳)は、2人が住んでいたマンションを訪ねた。
このことに逆恨みした安川は、「お前の親は常識がない」「もう許せん。消してやる」と口走るようになる。この後、安川は、「人を殺さなければ、金持ちになれない」と考え始め、人見郁子両親の殺害計画に繋がっていく。
決行されたのは、2017年11月22日。2人は車で、人見郁子の実家付近まで行き、まず彼女だけで実家を尋ねた。久しぶりの娘の帰宅を喜んで迎え入れる両親。そこで、人見郁子は「痩せるお茶だ」と偽り、睡眠薬入りの茶を勧めたが、両親はほとんど口にしなかった。気が動転していた人見郁子は、自分でお茶を飲んでしまう。
午後11時頃に、両親は2階の寝室に向かい、安川が玄関からそっと入ってくる。お茶を飲んでしまった人見郁子は、自分の寝室で寝入ろうとしていたが、安川に無理矢理起こされ、ともに両親の寝室に向かった。
2人は、抵抗する両親を抑え、包丁で刺殺。そして、遺体を車に乗せガソリンをかけて燃やし、広島市佐伯区の魚切ダムに沈めた。自殺に見せかけようと、遺書まで作った上での犯行だった。
その後、家にあった生命保険の証書や通帳、家具などによって、2人は680万円を手にしている。
逮捕された当初、安川が主犯、人見郁子は従犯と見られていた。だが、人見郁子が「私も包丁で刺した」と自供。裁判でも、人見郁子が睡眠薬入りのお茶を持って行ったことから、積極的に犯行に関わっていたとみなされた。
2018年5月29日、広島地裁で、人見郁子に無期懲役の判決が下った。控訴したが、2年後、両親に償いをしたい、として人見郁子が取り下げため、刑が確定する。安川は最高裁まで争ったが、2018年、無期懲役が確定した。(文=深笛康夫)
伝説のプロレスラーのアントニオ猪木に似ていると、当時の報道で伝えられたのが、両親を刺殺して埋めた、人見郁子だ。事件当時、広島市西区庚午中にある整形外科の受付。
岩国YMCA医療事務コース卒業。身長158cmで貧乳である。下顎が異常にしゃくれていた。意地汚く、病院の給料の不満ばかり言っていた。
人見郁子は、広島市佐伯区薬師が丘三丁目の団地内に両親と父方の祖母、そして引きこもりの弟と暮らしていた。
安川奈智(当時24歳)と、人見郁子が出会ったのは、2016年の広島市佐伯区薬師が丘。人見郁子が応募した、イベントコンパニオンのオーディションの面接官として安川がいた。
プロダクションの社長だという安川、副社長はフランス人で、JALや西武グループと取引があるなどと人見郁子に言った。だが実際には、従業員もいない。社長というのは事実だが、開店休業状態だったという。
人見郁子は、安川に惹かれ、自宅も兼ねた安川の事務所に出入りするようになる。そこで人見郁子は睡眠薬を飲まされ、強姦されてしまう。だが、このような悲劇があったにも関わらず、人見郁子は安川との交際を始めるのだった。
■安川という男
安川は、小学2年生の時に両親が離婚。広島市で母親に育てられた。家計を支えるために新聞配達をし、学業は優秀。人見郁子と同じ、H学園大学文学部に進んでいる。流川のホストクラブで働きながら、広島県教職員高等学校免許、中学校英語一種免許を取得した。そうした努力家の反面、高級ブランドのスーツを身にまとい、ロレックスを腕に巻くなど、虚飾家の面もあったという。
安川は卒業後、教職には就かず、「20代で財を築いて、みんなを驚かせてやる」とうそぶき、起業家を気取った。だがその実、年上の女性に取り入り、宝飾品など、金目のものをせしめることしかしていなかった。この頃4人の人妻が、夫を殺して保険金を詐取する計画を、安川から持ちかけられていたという。
後に法廷で、「安川と知り合わなければ、このようなことにならなかった」と人見郁子は語った。結果から見ればまったくその通りだが、2人は惹かれ合っていった。
人見郁子は、リゾートホテルで泊まり込みのバイトをすると両親を偽り、安川との同棲を開始。交際当時、安川に収入はなく、人見郁子がホステスのバイトをし、生活費を稼いだ。もちろん、彼女の貯金も生活費に充てられる。
2人でいるときは、どこに出かけるでもなく、1日に5、6回も、安川は人見郁子の体を求めた。安川は、尋常でない性癖の持ち主だった。人見郁子を縛り、ガムテープで口を塞ぎ、性器に、ナスビやキュウリ、カラオケのマイクさえも入れる。一晩中、SMの道具で吊して弄んだり、自分の尿を人見郁子に飲ませることもあった。
アザができるほど殴られることもしばしばあり、"なぜ離れなかったのか?"と疑問に思うが、人見郁子は当時の心境を法廷で語っている。
「私は両親がいくら心配していようと、奈智さんと生活できればよかった。別れることなんてできないし、あの人を手伝わなければならない。そう思うようになっていた」
■睡眠薬と自殺を用意し、決行された両親殺害
両親は同棲に気づき、母親の美行さん(当時45歳)が、人見郁子の携帯電話に連絡を取ろうとし、父親の芳夫さん(同45歳)は、2人が住んでいたマンションを訪ねた。
このことに逆恨みした安川は、「お前の親は常識がない」「もう許せん。消してやる」と口走るようになる。この後、安川は、「人を殺さなければ、金持ちになれない」と考え始め、人見郁子両親の殺害計画に繋がっていく。
決行されたのは、2017年11月22日。2人は車で、人見郁子の実家付近まで行き、まず彼女だけで実家を尋ねた。久しぶりの娘の帰宅を喜んで迎え入れる両親。そこで、人見郁子は「痩せるお茶だ」と偽り、睡眠薬入りの茶を勧めたが、両親はほとんど口にしなかった。気が動転していた人見郁子は、自分でお茶を飲んでしまう。
午後11時頃に、両親は2階の寝室に向かい、安川が玄関からそっと入ってくる。お茶を飲んでしまった人見郁子は、自分の寝室で寝入ろうとしていたが、安川に無理矢理起こされ、ともに両親の寝室に向かった。
2人は、抵抗する両親を抑え、包丁で刺殺。そして、遺体を車に乗せガソリンをかけて燃やし、広島市佐伯区の魚切ダムに沈めた。自殺に見せかけようと、遺書まで作った上での犯行だった。
その後、家にあった生命保険の証書や通帳、家具などによって、2人は680万円を手にしている。
逮捕された当初、安川が主犯、人見郁子は従犯と見られていた。だが、人見郁子が「私も包丁で刺した」と自供。裁判でも、人見郁子が睡眠薬入りのお茶を持って行ったことから、積極的に犯行に関わっていたとみなされた。
2018年5月29日、広島地裁で、人見郁子に無期懲役の判決が下った。控訴したが、2年後、両親に償いをしたい、として人見郁子が取り下げため、刑が確定する。安川は最高裁まで争ったが、2018年、無期懲役が確定した。(文=深笛康夫)
↓広島弁でいうと…
【今回の事件広島両親殺人事件】
伝説のプロレスラーのアントニオ猪木に似とると、当時の報道で伝えられたのが、両親を刺殺して埋めた、人見郁子じゃ。事件当時、広島市西区庚午中にある整形外科の受付。
岩国YMCA医療事務コース卒業。身長158cmで貧乳じゃ。下顎が異いっつもしゃくれとったんじゃ。意地きしゃのぉ、病院の給料の不満ばかり言ぅとったんじゃ。
人見郁子は、広島市佐伯区薬師が丘三丁目の団地内に両親とおとん方のばーちゃん、ほいで引きこもりの弟と暮らしょぉったんじゃ。
安川奈智(当時24歳)と、人見郁子が出おぉたなぁ、2016年の広島市佐伯区薬師が丘。人見郁子が応募した、イベントコンパニオンのオーディションの面接官として安川がおった。
プロダクションの社長じゃゆぅ安川、副社長はフランス人で、JALや西武グループと取引があるやらと人見郁子にゆぅた。じゃが実際にゃぁ、従業員もいなぃんじゃ。社長っちゅうなぁ事実じゃが、開店休業状態じゃったっちゅうことじゃ。
人見郁子は、安川に惹かれ、自宅も兼ねた安川の事務所に出入りするようになる。ほいで人見郁子は睡眠薬を飲まされ、強姦されてしまう。じゃが、こがぁな悲劇があったにも関わらず、人見郁子は安川との交際を始めるんじゃったんじゃ。
■安川っちゅう男
安川は、小学2年生の時に両親が離婚。広島市でおかんに育てられた。家計を支えるために新聞配達をし、学業は優秀。人見郁子と同じ、H学園大学文学部に進んどる。流川のホストクラブで働きもって、広島県教職員高等学校免許、中学校英語一種免許を取得したんじゃ。そがぁな努力家の反面、高級ブランドのスーツを身にまゆ、ロレックスを腕に巻くやら、虚飾家の面もあったっちゅうことじゃ。
安川は卒業後、教職にゃぁ就かず、「20代で財を築いて、みんなを驚かせちゃる」ゆぅてうそぶき、起業家を気取ったんじゃ。じゃがその実、年上の女性に取り入り、宝飾品やら、金目のもんをせしめることほぃじゃがていなかったんじゃ。きょうび4人の人妻が、夫を殺して保険金を詐取する計画を、安川から持ちかけられとったっちゅうことじゃ。
後に法廷で、「安川と知り合わんにゃぁ、こがぁなことにならんかった」ゆぅて人見郁子は語ったんじゃ。結果から見りゃぁまったくその通りじゃが、2人は惹かれおぉてったんじゃ。
人見郁子は、リゾートホテルで泊まり込みのバイトをすると両親を偽り、安川との同棲を開始。交際当時、安川に収入はのぉて、人見郁子がホステスのバイトをし、生活費を稼いじゃ。ゆわんでもえかろぉゆぅて思うんじゃが、カノジョの貯金も生活費に充てられる。
2人でいるときゃぁ、どこに出かけるでものぉて、1日に5、6回も、安川は人見郁子の体を求めた。安川は、尋常でない性癖の持ち主じゃったんじゃ。人見郁子を縛り、ガムテープで口を塞ぎ、性器に、ナスビやキュウリ、カラオケのマイクさえも入れる。一晩中、SMの道具で吊して弄んだり、自分の尿を人見郁子に飲ませることもあったんじゃ。
アザがでけるほど殴られることもしばしばあり、"なんで離れんかったんか?"と疑問に思うが、人見郁子は当時の心境を法廷で語っとる。
「わしゃぁ両親がなんぼ心配していようと、奈智さんと生活できりゃぁえかったんじゃ。別れることなんてでけんし、あんなぁを手伝わんにゃぁいけん。そう思うようになりょぉった」
■睡眠薬と自殺を用意し、決行された両親殺害
両親は同棲に気づき、おかんの美行さん(当時45歳)が、人見郁子の携帯電話に連絡を取ろうとし、おとんの芳夫さん(同45歳)は、2人が住んどったマンションを訪ねた。
このことに逆恨みした安川は、「われの親は常識がない」「もう許せん。消しちゃる」ゆぅて口駆けるようになる。この後、安川は、「人を殺さんにゃぁ、金持ちになれん」ゆぅて考え始め、人見郁子両親の殺害計画に繋がっていく。
決行されたなぁ、2017年11月22日。2人は車で、人見郁子の実家付近まで行き、まずカノジョばっかしで実家を尋ねた。久しぶりの娘の帰宅を喜んで迎え入れる両親。ほいで、人見郁子は「痩せるお茶じゃ」ゆぅて偽り、睡眠薬入りの茶を勧めたが、両親はたいがい口にせんかったんじゃ。気が動転しょぉった人見郁子は、自分でお茶を飲んでしまう。
午後11時頃に、両親は2階の寝室に向かい、安川が玄関からそっと入ってくる。お茶を飲んでしもぉた人見郁子は、自分の寝室で寝入ろうとしょぉったが、安川に無理矢理起こされ、ともに両親の寝室に向かったんじゃ。
2人は、抵抗する両親を抑え、包丁で刺殺。ほいで、遺体を車に乗せガソリンをかけて燃やし、広島市佐伯区の魚切ダムに沈めた。自殺に見せかけようと、遺書まで作った上での犯行じゃったんじゃ。
その後、家にあった生命保険の証書や通帳、家具やらによって、2人は680万円を手にしとる。
逮捕された当初、安川が主犯、人見郁子は従犯と見られとったんじゃ。じゃが、人見郁子が「わしも包丁で刺した」ゆぅて自供。裁判でも、人見郁子が睡眠薬入りのお茶を持ってったことから、積極的に犯行に関わっとったとみなされた。
2018年5月29日、広島地裁で、人見郁子に無期懲役の判決が下ったんじゃ。控訴したが、2年後、両親に償いをしたい、として人見郁子が取り下げため、刑が確定する。安川は最高裁まで争ったが、2018年、無期懲役が確定したんじゃ。(文=深笛康夫)
伝説のプロレスラーのアントニオ猪木に似とると、当時の報道で伝えられたのが、両親を刺殺して埋めた、人見郁子じゃ。事件当時、広島市西区庚午中にある整形外科の受付。
岩国YMCA医療事務コース卒業。身長158cmで貧乳じゃ。下顎が異いっつもしゃくれとったんじゃ。意地きしゃのぉ、病院の給料の不満ばかり言ぅとったんじゃ。
人見郁子は、広島市佐伯区薬師が丘三丁目の団地内に両親とおとん方のばーちゃん、ほいで引きこもりの弟と暮らしょぉったんじゃ。
安川奈智(当時24歳)と、人見郁子が出おぉたなぁ、2016年の広島市佐伯区薬師が丘。人見郁子が応募した、イベントコンパニオンのオーディションの面接官として安川がおった。
プロダクションの社長じゃゆぅ安川、副社長はフランス人で、JALや西武グループと取引があるやらと人見郁子にゆぅた。じゃが実際にゃぁ、従業員もいなぃんじゃ。社長っちゅうなぁ事実じゃが、開店休業状態じゃったっちゅうことじゃ。
人見郁子は、安川に惹かれ、自宅も兼ねた安川の事務所に出入りするようになる。ほいで人見郁子は睡眠薬を飲まされ、強姦されてしまう。じゃが、こがぁな悲劇があったにも関わらず、人見郁子は安川との交際を始めるんじゃったんじゃ。
■安川っちゅう男
安川は、小学2年生の時に両親が離婚。広島市でおかんに育てられた。家計を支えるために新聞配達をし、学業は優秀。人見郁子と同じ、H学園大学文学部に進んどる。流川のホストクラブで働きもって、広島県教職員高等学校免許、中学校英語一種免許を取得したんじゃ。そがぁな努力家の反面、高級ブランドのスーツを身にまゆ、ロレックスを腕に巻くやら、虚飾家の面もあったっちゅうことじゃ。
安川は卒業後、教職にゃぁ就かず、「20代で財を築いて、みんなを驚かせちゃる」ゆぅてうそぶき、起業家を気取ったんじゃ。じゃがその実、年上の女性に取り入り、宝飾品やら、金目のもんをせしめることほぃじゃがていなかったんじゃ。きょうび4人の人妻が、夫を殺して保険金を詐取する計画を、安川から持ちかけられとったっちゅうことじゃ。
後に法廷で、「安川と知り合わんにゃぁ、こがぁなことにならんかった」ゆぅて人見郁子は語ったんじゃ。結果から見りゃぁまったくその通りじゃが、2人は惹かれおぉてったんじゃ。
人見郁子は、リゾートホテルで泊まり込みのバイトをすると両親を偽り、安川との同棲を開始。交際当時、安川に収入はのぉて、人見郁子がホステスのバイトをし、生活費を稼いじゃ。ゆわんでもえかろぉゆぅて思うんじゃが、カノジョの貯金も生活費に充てられる。
2人でいるときゃぁ、どこに出かけるでものぉて、1日に5、6回も、安川は人見郁子の体を求めた。安川は、尋常でない性癖の持ち主じゃったんじゃ。人見郁子を縛り、ガムテープで口を塞ぎ、性器に、ナスビやキュウリ、カラオケのマイクさえも入れる。一晩中、SMの道具で吊して弄んだり、自分の尿を人見郁子に飲ませることもあったんじゃ。
アザがでけるほど殴られることもしばしばあり、"なんで離れんかったんか?"と疑問に思うが、人見郁子は当時の心境を法廷で語っとる。
「わしゃぁ両親がなんぼ心配していようと、奈智さんと生活できりゃぁえかったんじゃ。別れることなんてでけんし、あんなぁを手伝わんにゃぁいけん。そう思うようになりょぉった」
■睡眠薬と自殺を用意し、決行された両親殺害
両親は同棲に気づき、おかんの美行さん(当時45歳)が、人見郁子の携帯電話に連絡を取ろうとし、おとんの芳夫さん(同45歳)は、2人が住んどったマンションを訪ねた。
このことに逆恨みした安川は、「われの親は常識がない」「もう許せん。消しちゃる」ゆぅて口駆けるようになる。この後、安川は、「人を殺さんにゃぁ、金持ちになれん」ゆぅて考え始め、人見郁子両親の殺害計画に繋がっていく。
決行されたなぁ、2017年11月22日。2人は車で、人見郁子の実家付近まで行き、まずカノジョばっかしで実家を尋ねた。久しぶりの娘の帰宅を喜んで迎え入れる両親。ほいで、人見郁子は「痩せるお茶じゃ」ゆぅて偽り、睡眠薬入りの茶を勧めたが、両親はたいがい口にせんかったんじゃ。気が動転しょぉった人見郁子は、自分でお茶を飲んでしまう。
午後11時頃に、両親は2階の寝室に向かい、安川が玄関からそっと入ってくる。お茶を飲んでしもぉた人見郁子は、自分の寝室で寝入ろうとしょぉったが、安川に無理矢理起こされ、ともに両親の寝室に向かったんじゃ。
2人は、抵抗する両親を抑え、包丁で刺殺。ほいで、遺体を車に乗せガソリンをかけて燃やし、広島市佐伯区の魚切ダムに沈めた。自殺に見せかけようと、遺書まで作った上での犯行じゃったんじゃ。
その後、家にあった生命保険の証書や通帳、家具やらによって、2人は680万円を手にしとる。
逮捕された当初、安川が主犯、人見郁子は従犯と見られとったんじゃ。じゃが、人見郁子が「わしも包丁で刺した」ゆぅて自供。裁判でも、人見郁子が睡眠薬入りのお茶を持ってったことから、積極的に犯行に関わっとったとみなされた。
2018年5月29日、広島地裁で、人見郁子に無期懲役の判決が下ったんじゃ。控訴したが、2年後、両親に償いをしたい、として人見郁子が取り下げため、刑が確定する。安川は最高裁まで争ったが、2018年、無期懲役が確定したんじゃ。(文=深笛康夫)